
下の子に手がかかりすぎて、上の子にめっちゃイライラしちゃうんだよね。

“ちょっと待って”ばっかり言ってない?

そうなの!寝顔見て“今日も怒りすぎた…”って毎晩反省会。

それ、この前の私だよ。保育士なのに、全然うまくできなかった夜があって…。
「ちょっと待ってって言ってるでしょ!」
「なんでまだ片付けてないの!もう自分のことは自分でやってよ…!」
そんなふうに、下の子に手がかかるあまり、上の子にイライラをぶつけてしまった経験はありませんか?
私はあります。
それも、一度や二度ではありません。
私は「お兄ちゃんなんだから」「お姉ちゃんでしょ」という言葉は使わないようにしてきました。
でも現実は、下の子のイヤイヤや癇癪に振り回される毎日の中で、上の子にまで余裕を持って関われなくなってしまうことが多くありました。
本当は、上の子だってまだ甘えたい年頃なのに──
「それくらい自分でやって」と突き放してしまったり、いつもなら見逃せることに強く怒ってしまったり。
そして夜、寝顔を見ながら「今日もきつく当たってしまった…」と後悔するのです。
「お兄ちゃんなんだから」と言えなかった理由

私自身、子どもの頃に「上なんだから我慢して当たり前」と言われて育ちました。
その言葉のたびに、悲しくて、悔しくて、誰にもわかってもらえない気持ちが募っていった記憶があります。
だからこそ、我が子には同じ思いをさせたくない。
そう思っていたのに、気づけば私自身も“年齢”や“立場”を理由に、上の子に我慢を求めてしまっていたのかもしれません。
下の子にかかる「目」と「手」
赤ちゃんやイヤイヤ期の子は、どうしても目が離せません。
着替え、食事、トイレ、寝かしつけ…
あらゆる場面で大人の手が必要です。
一方で、年齢的に「できそうに見える」上の子には、つい期待してしまいがち。
「もう分かるでしょ?」
「これくらい自分でできるよね?」
でも実は、下の子が生まれたことで、急に“お兄ちゃん・お姉ちゃん”を求められ、戸惑っているのは子どもも同じなのだと思います。
私が後悔した、ある夜のこと
次男(当時2歳)のイヤイヤに心身ともに疲れきっていたある日。
私は長男(当時6歳)に、強い口調で怒鳴ってしまいました。
長男は何も言わず、静かに寝室へ行き、布団に潜って眠りました。
その後ろ姿が、今でも忘れられません。
「もっと甘えたかったのかな」
「私のこと、嫌いになってないかな」
その夜は、涙が止まりませんでした。
保育士として感じる「満たされている上の子」の姿
保育園でも、年齢差のある兄弟姉妹を持つ家庭の子どもたちと関わります。
そこで感じるのは、上の子が安心して甘えられている家庭の子ほど、心が安定しているということ。
特別なことをしなくても
「ちゃんと見てもらえた」
「少しだけ独り占めできた」
そんな経験が、子どもの心を落ち着かせてくれるのだと感じています。
上の子へのイライラを減らすために、私が意識していること

5分でもいいから「上の子と2人の時間」をつくる
寝る前の絵本や、お風呂での何気ない会話。
短い時間でも「今はあなたを見ているよ」と伝えることを大切にしてきました。
長男が小さい頃は、毎晩一緒にお風呂に入っていました。
湯船につかりながら、その日の出来事をぽつぽつ話してくれる時間が、私にとっては宝物のようでした。
でも、3年生になった今は、一緒にお風呂に入ることもほとんどありません。
「ママ、先に入っていいよ」と言われるようになりました。
夜の寝かしつけも、気づけば自然と終わっていました。
3年生の長男が「読んで」と絵本を持ってくることも、もうほとんどありません。
少し寂しい気持ちはあるけれど、不思議と後悔はしていません。
あの頃は毎日がバタバタで、余裕があるとは言えなかったけれど、寝る前の絵本だけは、できるだけ続けてきました。
読む本を選んだ子は、私の膝の上。
兄弟で取り合いになれば、その日は“選ばれた特等席”。
たったそれだけのことだけれど、「今はちゃんとあなたを見ているよ」という気持ちを、形にしたかったのだと思います。
気づけばその時間は終わっていたけれど、毎日の日課として積み重ねてきたからこそ、今は「やっておいてよかった」と、静かに思えています。
「ありがとう」「助かったよ」を言葉にする
「お手伝いしてくれてありがとう」
「待っててくれてありがとう」
そんな小さな一言が、上の子の自己肯定感につながると感じています。
わが家のお小遣いは、いわゆる“成果報酬型”。
この話はまたゆっくり書きたいのですが、特別なことをしたときだけではなく、日常のお手伝いもきちんと“見える形”にしています。
とはいえ、ポイントやお金のためだけではありません。
洗濯物をたたんでくれたり、食器を運んでくれたり。
私が夕飯の準備で手が離せないときには、下の子と遊んでくれることもあります。
その姿は、もう立派な“お兄ちゃん””お姉ちゃん”。
だからこそ、意識して伝えるようにしています。
「我慢してくれてありがとう」ではなく、「待っててくれてありがとう」と。
“我慢”という言葉にしてしまうと、つらさだけが残ってしまう気がして。
でも「待っててくれて」と言い換えるだけで、その時間が“誰かの役に立った時間”になるように思うのです。
上の子は、いつの間にかたくさんのことができるようになります。
だからこそ、できて当たり前にしないこと。
ちゃんと見ていること。
ちゃんと気づいていること。
その積み重ねが、「ぼくはちゃんと役に立っている」という感覚につながっていくのだと思います。
「あなたも甘えていいんだよ」と伝える
年齢に関係なく、子どもはママに甘えたい存在。
抱っこやスキンシップは、言葉にしなくても「大丈夫だよ」と伝えられる方法のひとつだと思っています。
小学生になった頃、上の子たちにはひとつだけ約束をしました。
「ママに抱きつくのは、おうちの中だけにしようね」と。
少しさみしそうな顔をしたこともありました。
でもこれは、甘えることをやめてほしいからではありません。
周りの子たちも成長してきて、中にはそれを“恥ずかしい”とか、“気持ち悪い”と感じる子も出てくる年頃だから。
きっと本当は、その子だって同じようにママに甘えたいはず。
でも、それぞれの家庭の距離感やタイミングがある。
だから、甘えることを否定するのではなく、「場所を選ぼうね」と伝えました。
家の中では、今も変わらずぎゅっと抱きついてきます。
背が伸びて、腕も長くなって、力も強くなって。
それでも、抱きしめると少し安心したような顔をするのは、小さい頃と同じです。
外では少し背伸びをしている分、家の中では思いきり甘えてほしい。
そう思いながら、今日も両腕を広げています。
+α|我が家の「一人っ子タイム」

我が家では、ときどき夫と協力してそれぞれの子と1対1で過ごす「一人っ子タイム」をつくっています。
行き先は、子ども本人の希望を最優先。
公園でも、図書館でも、ただコンビニに行くだけの日もあります。
この時間は、親がリードするのではなく、その子の「やりたいこと」「やりたい順番」「やりたいペース」に合わせるのがルール。
寄り道したいと言えば寄り道するし、同じ遊びを何度も繰り返したいなら、とことん付き合う。
普段の生活では、どうしても「ちょっと待って」「早くして」が増えてしまうからこそ、この時間だけは急かさないと決めています。
たとえ短い時間でも、「今日はママ(パパ)を独り占めできた」という感覚は、子どもの中にしっかり残るようです。
帰り道、いつもより嬉しそうな顔をしていたり、いつもより素直に「楽しかった」と言ってくれたりすると、私もとても嬉しくなります。
特別なイベントでなくてもいい。
“自分だけを見てもらえた時間”があるという安心感は、兄弟のいる子にとって大きな心の栄養になるのだと思います。
おわりに|上の子にイライラしてしまうあなたへ

下の子に手がかかる時期、上の子との関わりが薄くなってしまうのは、決して珍しいことではありません。
それでも、「私のことも見てほしい」という小さなサインに気づこうとすること。
それ自体が、もう十分やさしい関わりだと思います。
うまくいかない日があっても大丈夫。
また明日、寄り添い直せばいい。
同じように悩んでいる方がいたら、ぜひコメントで教えてくださいね🌿
一緒に、ゆっくり考えていけたらうれしいです。
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